Jun 20, 2011
事業資金を断る勇気も必要
事業資金を貸してくれという話をしてくる顧客がある。このような会社を見れば、おそらく長くはないと思う。そのローンはしたくない。している事業の資金融通をしたところ、その場しのぎにしかならない。従ってこれは、本人のためにもあるので、事業者の金を断る。おそらく、そのようにして、他の人に対応するだけであって。個人事業主をしています。最近、同じように、個人事業主をして、友人が会社設立株式会社を設立しました。なぜなら、会社設立をし、"知名度が上がり、パートナーの信頼度も増加して、企業の経営基盤が安定する""資金調達が中小企業に比べて、実行容易"で、1人としています。ただし、会計業務が煩雑になって面倒だと言っていました。
◇「守れる」進化着々と
「打線は水ものだが、守備に不調はない」という馬淵史郎監督の持論のもと、チームは昨秋の公式戦全11試合で10失策。1試合平均の失策数は1個を下回り「堅守の明徳」の健在ぶりを見せつけた。冬場は、「球際に強くなる」を守備力向上の目標に掲げてきた。転がされた球を素手で捕球したり、一歩目の動き出しを早くできるよう、ラダーと呼ばれる縄ばしごのようなものを使って素早い足の上下運動を繰り返すことで、瞬発力を強化してきた。
チームの先発出場選手には左翼の北川倫太郎主将(2年)をはじめ中堅の山口礼門選手(2年)、二塁の梅田翼選手(2年)など昨夏の甲子園出場メンバー6人が名を連ねるが、「控え選手も守備力では(昨夏の)甲子園出場組と変わらない。それくらい守れるのが今チームの特徴」と馬淵監督は語る。
昨秋の四国大会準々決勝の寒川(香川)戦。3−0とリードした八回表、それまで好投を続けてきた主戦左腕の尾松義生投手(2年)が寒川打線に捕まった。2点を返され1点差となり、なおも2死満塁。ここで相手打者の放った打球が三遊間に転がった。「やばい」。捕手の杉原賢吾選手(1年)や北川主将が逆転を覚悟した瞬間、この試合を先発で起用されていた伊與田一起選手(1年)が横っ飛びで捕球した。
すぐさま起き上がると二塁へ送球し封殺。逆転のピンチを乗り切り、その裏に3点を加点した明徳義塾が逃げ切った。「あれがなければ負けていたかも。守り勝つ伝統の明徳野球が見せることができた試合」と北川主将も振り返る。
しかし、馬淵監督はこの冬、チーム守備力強化のため、「捕手以外の内野手は原則3カ所守れるように」という大胆な変更を行った。練習では、本来の守備位置が二塁の梅田選手が三塁を守り、本来遊撃を守る今里征馬選手(1年)が二塁に入る。かと思えば今度は今里選手が三塁に回り、梅田選手が遊撃へと回る。昨秋、主に三塁手として出場していた先田弦貴選手(2年)も時には一塁を守る。
「選手の調子に応じた起用ができるように」と馬淵監督は理由を説明するが、選手にとって効果はそれだけではなかった。今里選手は「不慣れな三塁や二塁を守ることで併殺や中継プレーの時にどういう送球をすれば、相手が次の動作に移りやすいか分かるようになった」と、本来の守備位置にも好影響を与えることを強調する。
「センバツ大会のレギュラーは白紙。各守備位置に正選手を置かないことで競争意識が生まれ、戦力の底上げができる」と馬淵監督は、不慣れな守備位置で必死に球を追う選手たちを見ながら話した。【倉沢仁志】
2月2日朝刊
【関連記事】
明徳・挑む春:第83回センバツ 戦力分析/上 投手 /高知
明徳・挑む春:第83回センバツ 甲子園へ、気持ち一新 /高知
第83回センバツ:明徳義塾に春 心一つ、頂点目指す(その1) /高知
第83回センバツ:明徳義塾に春 心一つ、頂点目指す(その2止) /高知
◇竹内選手が大黒柱に
昨夏の全国高校野球選手権徳島大会で背番号「1」を背負ったのは2年の奥浦康平選手だったが、継投を想定した起用だった。新チームになって以後の練習試合でも、2年の井上拓也選手や安芸大輔選手らを交えた継投が続き、1人で試合を任せられる投手陣の“柱”がいなかった。上を目指すためには、チームの誰もが「エースを任せられるのは、竹内しかいない」と思っていた。
2年の竹内勇太選手は身長182センチ、体重79キロの恵まれた体格で、直球は最速140キロを計測し、多彩な変化球も投げられる。捕手の松原直之選手(2年)は「受けていても球威が違う」と評価する。野球センスも抜群で、打撃を買われて1年生の時から4番を務めた。しかし、ひじに違和感があったことなどから調子が上向かず、夏の大会も外野手として試合に出ていた。
「お前が投手陣のリーダーじゃ。秋の県大会は、お前が背番号1でいく」。素質はあるのに、投手としては一本立ち仕切れなかった理由を精神面にあると考えた森恭仁監督は、8月初旬、竹内選手にストレートに告げた。
竹内選手自身も「自分がエース」との気持ちはどこかで持ち続けていたが、監督から改めて声を掛けられ、「投手陣を引っ張るためにも、きちんと結果を残さなければ」との思いを強くした。
8月19日にあった新人ブロック大会の準決勝。相手は、県内屈指の実力校、鳴門工だった。先発のマウンドに立ったのは、竹内選手だった。立ち上がりにペースを乱し、先に4点を失った。しかし、打線が奮起して後半に逆転。竹内選手は、序盤の4失点の後は立ち直って完投し、7−4で勝利した。
この勝利は、竹内選手にとっても、チームにとっても大きな意味を持った。2年の多田康貴選手は「あの試合がチームの躍進の始まりだったように思う」と振り返る。継投が基本だった投手陣に光が差した。その後、秋季県大会までの練習試合などで、竹内選手が一人で投げ切る試合が増え、急速な成長を遂げる。森監督も「秋に向けて計算できるようになった」と感じた。
9月に開幕した秋季県大会。持ち前の打線の爆発でブロック大会を制覇しシード権を得ていた城南は、同月18日の初戦で城北に8−2でスコア的には快勝した。しかし、チームに笑顔はない。相手のミスに乗じて大差で勝ったものの、打線はつながりを欠いた。
「そんなことじゃ、次は勝てんぞ!」。すぐさま学校に戻り、グラウンドでバットを振り始めた選手たちに、森監督の厳しい声が飛んだ。=つづく
2月2日朝刊
【関連記事】
113年の先へ:第83回センバツ 城南出場への軌跡/1 新チーム始動 /徳島
第83回センバツ:城南 親心、温まります 保護者が炊き出し /徳島
第83回センバツ:城南、喜びをかみしめ汗 決定一夜明け初練習 /徳島
第83回センバツ高校野球:出場32校決まる 履正社3年ぶり 城南、佐渡は初
WriteBacks
writeback message: Ready to post a comment.