Jun 01, 2010
婚活以外にも出会いがあります
最近、婚活、大きな話題となっています。何か不安を感じることが、多くの状況で安定的な家族の絆が求められているのです。料理教室のコンパイル、ゴルフコンパイル自治体主催のお見合いパーティーなどの出会いを提供する様々なイベントが人気を集めています。しかし、出会いというのは、どこに転がっているかわかりません。婚活イベントもいいけどそのように必死になるのではなく、日常生活を充実させることも出会いにつながるのではないでしょうか。私はかなり昔だが、結婚の計画があり、結婚式場を下見に行ったことがありました。しかし最初は、結婚式に関心がなくても楽しんでいたが、式場やドレスなどの衣装を見てくれてたりする場合に、ますます結婚に関心を持つようになりました。しかし、その後の結婚式の直前に別れているため、式を挙げることができなかったのですがもし、結婚式には興味がない人は一度結婚式を挙げるに行ってみると気分の変化があるかもしれません。
12月から就活解禁のためか、最近、就活についてのニュースが増えてきたような気がします。そして就活ニュースが増えると、決まって出てくるのが「企業が社会人に求める能力とは?」というネタ。このところ毎年のように、そしてほとんど1番にランクするのが「コミュニケーション能力」ですね。
しかし、「コミュニケーション能力が大切!」と言われて、コミュニケーション能力がその時点でない人が、「そうか! だったら●●しよう!」という考えや行動は、本質をとらえていない場合が多い気がします。
例えば、
・人付き合いが苦手なので、さまざまな異業種交流会に出かける
・ついついホンネが出てしまうので、建前でその場をしのぐやり方を身に付ける
・会議の場での発言に慣れるため、ディベート形式の場に多く参加する
・積極性を身に付けるために、あいさつを元気にしようとする
・コミュニケーションに関するノウハウ本をたくさん読んでしまう
・Facebookで多くの「友達」を作る
……などでしょうか。
どれも「間違い」とまでは言いませんが、それだけでは企業が求めている「コミュニケーション能力」が本質的に身に付くとは思えません。これらのやり方は、潜在能力としてはコミュニケーション能力を持っているものの顕在化していない人が、顕在化させるための手法であって、そもそも身についていない人が「企業が納得するレベル」にまで昇華させられるとは思えないのです。
「コミュニケーション能力とは?」を僕なりに定義すると、次の2つを両方身に付けていることです。
1.「相手の心を理解しよう」という心を持ち合わせていること
2.相手の求めていることを言動で表現できる技術を持ち合わせていること
そして、1×2の能力が高い人が「コミュニケーション能力の高い人」です。まとめると「相手のことを考え、相手の求めに応じたアウトプットができること」ですね。冒頭に挙げた行動は、すべてが自分主体で考えていますから、コミュニケーション能力の本質をついていない、と思えるわけです。
●Facebookから考える“コミュニケーション能力”の意味
今年はFacebookが流行りですし、「就活にもFacebook!」といったニュースがかなり取り上げられています。そこで先日、Facebookを通じて起きた出来事を紹介しながら、コミュニケーションについて考える題材を提供することにします。
つい先日、日経ビジネスオンラインで連載を持つ橘川幸夫さんとFacebookで友達になりました。僕にとっては超が何個も付くくらいうれしいことでした。
彼とは一度お会いしたことがありました。……といっても、彼が所長を務めるデジタルメディア研究所の勉強会で名刺交換に押しかけ、名刺交換しがてら少し話した程度です。
「それまで会いたかった人に会えました。名刺交換をしました。ではそれで、相手は“友達”と思ってくれるでしょうか?」
答えは明らかですよね。しかし、実際にはこれくらいのレベルでFacebookで友達申請してしまっているケースが多く見られます。
Facebookは友達かそうでないかによって、相手に開示する情報が異なります。「友達のみに、自分のメールアドレスなどを公開する」といった設定をして、自分の(いろいろ変わる)個人情報の告知代わりに使っている人もたくさんいます。そういうことまで想定して、友達申請すべきなんです。ましてや、友達承認されなかった時に「何だーあの人、冷たいなー」なんて感じる人は論外です(実際には「コミュニケーション能力がない」人に多く見られる感想ですが)。
僕は橘川さんのFacebook登録を発見した時に、まず「フィード購読」させていただき、彼の発する言葉をチェックしながら、「同感!」と思えることについては「いいね!」を押したり、コメントしたりすることから、「相手を知り、そして相手にも僕のことを分かってもらえる」ようにし始めました。数回コメントするうちに、「あーどこかで会ったことのある寺西だな」程度には分かってもらえたようです。
この「相手に友達(仲間)と思ってもらえるような努力」をしないで、一方的に“自分のことを知ってくれ!”光線を相手に投げる人もまた、コミュニケーション能力がない人です。
「相手=企業」と置き換えると、就活においては分かりやすいと思います。企業は、その人が「●●コンクールで優勝しました!」とか「●●の代表をやっていました!」を知りたいわけではないんです。その活動が「企業の仲間として一緒に働くことに価値があるか」を見たいわけで。
そのためには、「企業の心を動かすにはどうしたらいいか」という、相手の立場に立った心の動きが必要ですよね。派手な自己アピールも必要な場合がありますが、その行為自体が重要なわけではないんです。地味であっても、相手の認知と興味関心の醸成ができればいいわけで。僕が橘川さんに「そうですよね!」などのコメントをしたように。
ある時、とても腑に落ちることを書かれていましたので、「同感」という感想とともに、少し長めのコメントをさせていただきました。すると、そのコメントを見た人(=橘川さんの発言をよくチェックしている人)が僕に共感したらしく、いきなり僕に友達申請。しかし、肩書は「東京大学●●学部」とありますが、僕へのメッセージがありません。こういう人も多いんです(冗談抜きに……)。
・「自分が共感している」という気持ちだけで「相手に分かってもらえている」と思っている
・自分の肩書があれば怪しい人じゃないと思ってもらえる
……という人。「Facebookの技術的な使い方が分からないからそうなったんじゃないの?」という問題ではなく、こういう人はホンキでこう思っているようで……(苦笑)。あなたの脳内や心の動きは、相手にとって無価値です。肩書はもっと無価値です。
脳内や心の動きを「相手に分かってもらえるように、相手の共感を生むような形で表現し」、そして場合によってはそれに「肩書」が加わることで初めて、「あ、仲間になれそうな人だな」と思えるわけです。
ちょっと脱線しましたが、そのコメントに橘川さんが共感してくださったようで、なんと! 橘川さんの方から僕に友達申請が。うれしくてすぐ承認しました(笑)。きっと橘川さんからすると、「きっと寺西は僕と友達になりたがっていると思う」って温度が分かったんだと思います。彼も、コミュニケーションをとても大切にする方ですから。
●自分が相手の立場だったら?
Facebookの話はここでオシマイです。
つまりは「あなたが相手の立場だったら、あなたが“相手にしてほしい”と今思っている言動をとるだろうか?」と徹底的に想定し、そのための言動をとれることこそが、コミュニケーション能力、ってことですよね。
もちろん、前提として、「その言動をしている自分がとても楽しく心地がよい」状態であることは必要ですよ。就活の場合で言うならば、その言動をしている自分が楽しいと思えない企業には行かない方がいいです。どれだけ大企業であっても、運良く入社できたとしても、入社後不幸になるだけですから。
僕がほぼ毎日書いているブログのタイトルは「和顔愛語 先意承問」(わげんあいご せんいじょうもん)です。特に「先意承問」という言葉は僕がとても大切にしている言葉なのですが、これは「先んじて(相手の)意図を承ってから、(相手に)問いただせ」ということです。
つまり、「相手の気持ちをおもんばかり、かつ相手に分かるような言動をせよ」という、コミュニケーション能力の本質を突いた言葉だと思っています。
最後に、コミュニケーション能力を身に付けるには、名著『人を動かす』(デール・カーネギー著)を読むと早いのではないか、と思うことが多いです。(寺西隆行)
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