Nov 25, 2009
短期の利用で、会計法人の利便性を体験
会計事務所を利用してどのように存続するのか、いまいち分からないと考えている人々、かなりいらっしゃると思います。しかし、関心があるということは、導入に悩んでいることもあるかもしれません。専属のコンサルタントとまではいかなくても、使用はしていきたいと考えでしたら、短期間で会計事務所の顧問を利用して、実際の体験をお楽しみいただけます。賃貸事務所の経営するよりも購入した方が良いというのは誰が考えても安くなると思う。ただし、以前、そこの場所に建てるのがいいかわからない場合は、リースが良いのではないかと思う。賃貸オフィスで実際に購入して事務所を置いても良い所ではなかった終わっていないからだ。
【変わりゆくブータン〜桃源郷の今】(3)
ブータンは2005年の国勢調査で、国民の97%が「自分は幸せ」と答えたとされる。首都・ティンプーで小物店を営む39歳の男性に幸せかどうか尋ねてみた。「そりゃ幸せさ。良い国家指導者、お互いを大切にする国民、平和な国。ブータンは特別な国です」とよどみなく答えた。
実際、多くの日本人に比べ、ブータン人は他者を大切にする。ある街のホテルに宿泊したときのこと。朝食代わりに食堂でミルクティーを飲んでも、従業員は「サービスです」とかたくなに代金を受け取らない。多くのブータン人は「あなたは経済的に裕福かもしれないが、私らは精神的に裕福なんだ」と言わんばかりに、数値上は後開発途上国の生活水準に属していても、先進国の人間にこびることがない。
そして私がホテルの周りで薪を少し拾って部屋に戻ると、見ず知らずの宿泊客が「どうぞ」と自分の薪を持ってきてくれた。薪ストーブより、こうした親切が心身を温めてくれた。
ただ、97%はいくらなんでも多すぎると思えてならない。ちなみに日本は昨年春の内閣府の世論調査で、10段階で幸福度を問うたところ、平均値は6・5だった。
ティンプーで50歳ぐらいの男性と酒を飲み、本音を聞いた。
「そりゃ97%は異常な数だと思うよ。『違う答えをしたら怒られる』という意識がみんなに働いたのかもしれない。今のティンプーはモノがあるけれど、騒がしいし危険になって、そんなに幸せとは思えない」
私がブータンを訪れた約14年前、電気も通っていない集落で、今も忘れられない「折り鶴事件」に遭遇した。
私が地べたに座っていると、外国人を珍しがって子供たちが集まってきた。折り鶴をつくって小学校高学年ぐらいの女の子にあげると、その子は珍しそうに眺めた後、隣に来た小学校中学年ぐらいの子にそっと手渡した。いくつかの小さな手を経て、折り鶴は1番小さな4歳ぐらいの子の手に行き着いた。私にとっては事件だった。
子供たちは半日かけて小学校まで歩き、合宿生活を送っていた。私たちはトラックの荷台に20人ぐらい乗せ、小学校まで運んであげた。荷台の子供たちのうれしそうな歌声は、風とともに私の心をなでていった。
私のブータン人のイメージは、この情景に凝縮されている。
今のブータンの子供たちはどう変わり、どう変わらないのか。子供に対する偽りの善意のようで気が引けたが、「折り鶴調査」を始めてみた。
ある宿場町で、5歳と2歳ぐらいの兄弟に折り鶴を差し出してみた。兄はさっと取り、弟が「ちょうだい」と合図しても、「もう1つ、つくってもらえばいいだろ」と言わんばかりに触らせもしなかった。
だが、農村には変わらぬ雰囲気が残っていた。6歳ぐらいの姉が「ほら、もらいに行きなさい」と妹を私のところによこしたり、8歳ぐらいの兄が折り鶴を1つ手にすると「うちは兄弟でもらったからいい」と弟の分を別の子供に譲ったり。
日本の子供より礼儀正しいのは間違いないが、やはり濃淡が出てきた印象だ。
今やブータンは地方まで電気が通い、学校の整備も進んでいる。私が14年前に訪れた集落は「調査対象」とせず、心の中の秘境とすることにした。
「ブータン人はお互いに尊敬し合って生活している。けれど、『人々の心が変わってきて、この国の幸せが失われていくかもしれない』と多くのブータン人が心配している。これから30年や40年は大丈夫だと思うけれど、その先は分からない」
ティンプーの旅行会社勤務の男性(27)はブータンの未来についてこう語った。
この国の行く末を思うとき、今回の旅で訪れたブータン中央部の小さな街、トンサのレストランの風景が目に浮かぶ。
私が夕暮れ時に外のテーブルでビールを飲んでいると、5歳ぐらいの丸刈りの男の子が出てきて、従業員の女性たちにじゃれつき始めた。日本の小さなおもちゃをあげると、男の子は声を上げて喜び、私がカメラを向けると恥ずかしそうに女性のお尻の陰に隠れた。
小腹が空いたので屋内に入ると、さっきの男の子がテレビと対面して1人で食事をしていた。大人たちは一緒に夕食をとれないほど忙しそうにはみえない。
映っているのは日本のアニメ。音声は現地のゾンカ語ではなく、英語だった。男の子はカメラを向けられても、今や目もくれない。身を乗り出してテレビに食い入り、開きっぱなしの口元から、ポロポロと米粒がこぼれていった。
いつか来た道−。男の子の小さな背中を眺めながら、そんな言葉が頭をよぎった。(斉藤太郎)
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